テーマ何ギルバートブドウを食べている
ギルバート・グレイプ (DVD) | 映画と本と音楽にあふれた英語塾
名作の誉れ高い本作なのに、公開されてこれまで10年以上、見る気がしませんでした。本作を監督したラッセ・ハルストレムの作品である『サイダーハウス・ルール』や『ショコラ』は好きな映画ですし、本作の評判が高いことも知っていたのに、です。一番大きな理由は、アイオワが舞台であることでした。
不本意ながらも1994年7月にアイオワ大学(The University of Iowa)での6年間の留学を終え、妻と子供を連れて日本に引き揚げてきたゴウ先生。帰国前に本作が撮影されているというニュースを知っていただけに、アイオワの風景がふんだんに使われている本作から目を背けてしまったのです。
日本に戻ってきた当座、さまざまな障害や軋轢で、あのアイオワの風景への「郷愁」が募り、日本に帰ってきたことを後悔していた、そのトラウマがあったからです。
ところが、帰国後12年経って、そうしたアイオワに対する複雑な思いもやっとおさまり、Gump Theatreの暗闇の中で本作と対峙することができるようになれました。
いつも通り、詳しい予習はしていません。知っていたのは、アイオワが舞台で、レオナルド・ディカプリオが知恵遅れの少年を演じていて、ジョニー・デップとジュリエット・ルイスが出ているということくらいです。
しかし、本編が始まって映し出される田舎の風景があまりにアイオワそのものなので、ぐぐぐっと身を乗り出してしまい、映画の世界に没入してしまいました。
ハルストレムの他の作品同様、こけおどし的なハッタリはありません。淡々と静かにグレイプ家の現状が映し出されます。
その結果、グレイプ家の秘密が少しずつ明らかになっていきます。
まずタイトル・ロールであるギルバート(デップ)が、24歳の長男で母・妹二人・弟一人の家族の世話をしていること。その世話が、18歳になろうとしているアーニー(ディカプリオ)と17年間家から一歩も出ずに食べ続けて200kgを越える肥満体となった母(ダーレン・ケイツ)に向けられていること。そして、母がそうなった原因は、父親が自宅の地下室で首吊り自殺したことにあること・・・。
その中で、ゴウ先生を驚かせたのは、ディカプリオの卓越した演技力もさることながら、現状に不満のあまりいつ爆発してもおかしくない雰囲気を全身に漂わせていたデップの異相でありました。
ディカプリオの世話を細々と焼きながらも、目が笑っていません。なぜこのような田舎町に 俺は閉じ込められているのだと全身で怒っているようにさえ見えます。この存在感、誰にもできる技ではありません。
そう考えると、本作の原題が(直訳すると)「ギルバート・グレイプを食べつくしているもの」という妙ちきりんなものである理由が見えてきます。
「葡萄」(grape)というラスト・ネームを抱えた一家の長男が、ギルバートです。彼の自由を束縛するという発想が、「食べる」(eat)という言葉で表されるのも不思議ではありません。
食べられるしかないギルバートは、本人を含めて周りの人がギルバートに期待することをきちんとこなすしかないのです。
それは、近所の主婦ベティ(メアリー・スティーンバージェン)が彼に不倫関係を求めた場合もそうでした。ギルバートは――途� �に出てくるセリフでいえば――オスのカマキリであり、ベティというメスのカマキリに食べつくされるのです。
そういうギルバートに「自我」を取り戻させるのが、祖母とトレーラーで放浪生活をしているベッキー(ルイス)でした。生まれてから24年、この町から出たことがないギルバートにとって、漂白の旅を続けるベッキーは強烈な一陣の風だったのです。
ベッキーの登場にあわせてドラマは動き、アーニーの18歳の誕生日、ギルバートのアーニーに対する怒りの爆発やベッキーとの恋心、そして母の死から弔いのための父が建てた家を燃やすクライマックスとなだれ込みます。
そして、すべては、ギルバートや残された家族が自分を見つけ直す結末に収斂していくのです。
その結果、悲しいはずの母の死が招く、良い思いでも悪い思い出もすべて詰まった住まいを燃やす行為が、晴 れやかな門出を祝う行為に見えるのでした。
淡々と進む日常が、最後の最後にちょっとだけ非日常な行為として現れる。素晴らしいハルストレムの演出とそれを可能にした俳優陣の演技に感服しないわけにはいきません。見終わって、ふーっと息を吐き出すゴウ先生でした。
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画質(ビスタ): C
Gump Theatreの120インチ・スクリーンに映写すると、その画質の悪さにがっかりしてしまいます。大画面向きではありません。全体が白茶けていて、透明感・鮮明度すべての面で物足らないのです。これだけの作品です。きちんとしたDVDの再発を要求したいところです。
音質(ドルビーデジタル・ステレオ): B
13年前の映画とはいえ、ステレオ収録のみでDVDを出す神経はいただけません。もっと巧みに効果音が使われていたら、感動も募るはずなのにと思わされます。セリフが聞き取りにくいということはありませんが、技術的改善を要求したいものです。
英語学習用教材度: B-
まずまずの会話量ですし、汚い英語も出てきませんが、如何せん英語字幕がついておらず、連続性のない会話ばかりでは、英語学習用テクストとしては強く推薦できません。
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気になるところを、アト・ランダムに。
☆舞台となっているのはアイオワ州エンドーラ(「世界の果て」?)という州都デモインの近くにある田舎町です。ゴウ先生が住んでいたアイオワ・シティからは車で2時間近く行かないといけない場所ですので、わざわざ行ったことはありません。しかし、アイオワの田舎町はどこでも似たようなものですし、その近くを通ったことは何度もありますので、その風景がゴウ先生に痛切に� �ってきました。911なんか知らなかった平和なあの頃。戻ってみたい場所です。
☆一枚一枚ヴェールを剥ぐように明らかになるグレイプ家の秘密。平和な田舎町でどうしてこんなことがと思うことが起きています。しかし、平和であるということは、とてつもない閉塞感にも襲われるということでもあります。父の自殺もそうですし、母の肥満による死も17年かけた緩慢な自殺と解釈できます。人は拘束された時、死を選ぶのかもしれません。深いテーマです。
☆ディカプリオがまだ幼く見えます。撮影当時18歳。天才子役といってよいでしょう。本作や『タイタニック』の演技力を『アビエイター』でも越えている気がしないのが、残念です。
☆ジョニー・デップの髪型、本作を見てキ� �タクが真似したのかもと思ってしまいました。そんなことはないのでしょうか。
☆苦手だったジュリエット・ルイス。本作はよいです。最近名前を聞きませんが、もっと活躍してもらわないと。
☆ゴウ先生の大好きなメアリー・スティーンバージェンが出ていてくれて、嬉しくなりました。こういう女優さんをもっと使ってほしいものです。
☆『ブギーナイツ』や『シカゴ』での演技が記憶に残るジョン・C・ライリー。彼が出ていてくれて、映画に深みが出ました。ああいう親切な人、いっぱいいるんですよ、アイオワには。
☆『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でマイケル・J・フォックスの父親役を演じたクリスピン・グローヴァーが町の葬儀屋で出てきます。脇役が光る映画は最高です。
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DVDの仕様に納得できずB+の評価となりましたが、映画自体はじっくりと見ていただきたい素晴らしい作品です。
だからこそ、製造元のアスミックにはDVDの改善再発を要求します!
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